データ番号 | 100_2 |
作者名 | 江馬務(えまつとむ) |
解説 | ことしも此の月かぎりと惜しまれて心慌しき師走の九日、さらぬだに北風身を擘くを、洛西鳴瀧(なるたき)わたり善男善女の夥しく行きかふは、例の了徳寺(りょうとくじ)の大根焚のあればなるべし。その昔真鸞(親鸞)上人(しんらんしょうにん)この寺におはしける時、六人の信者塩煮の大根を献ぜしを、上人いたく喜び給ひ薄を筆として名号を認め給ひしより、大根焚とて此の寺にては此の日この名号の軸を掲げ報恩講を兼ねて法会を修す。西方浄土にあこがるる信者堂に満ち、非時食とて大根を煮て出すを食す。昔は六家より百本の大根を寄進し、諸者庭に散らせる床几に三々五々群れ居つつ箸とりしを、今は本堂庫裡に集れるはさしたる俳味も乏しくなりたるにや。さあれ大根の風味譬へむにものもなく、これぞ偏へに大徳の冥加の賜といふべかりける。 |