白朮詣


データ番号051_2
作者名江馬務(えまつとむ)
解説一年の総勘定は愛たく終りても、今年も今宵限りと思へばそぞろ名残も惜しまる。夜も更けゆけば、火縄求めて祇園社(ぎおんしゃ)に詣づ。社にては去る廿八日檜にて浄火をISO/IEC(780D)り、こを内陣の金灯籠に移しおき、元旦午前二時神饌を供せし後、宮司祭文を誦し楽人奏楽つづりて、十二の打敷に削掛の木に白朮を加へて盛り、件の金灯籠の火を移して焼き、庭に投ぐるを参詣人吾れ一にとこの火を縄につけ家苞とし、元旦雑煮を煮る元火とす。この白朮は古くは煎薬なりしを、焼けば悪臭を存するより鬼も逃ぐとて用ふるなり。本社にては午前二時の雑沓を憂へ、大晦日夜に入りては十数名の神人雇など殿上に上りて詣者の火縄に新火を施与す。こを受けむとて押しよする人波社前になだれて、袖を破られ肌に火傷するなど混雑す。昔は沿道の人々互に悪口雑言罵詈して勝ちしを縁起よしとて喜びしが、聖代にはかかることあらむやは。電燈煌々たる四条通(しじょうどおり)に年たちて、早や新歳のほぎ言かはす。いとも祝福すべき春こそ又なくめでたけれ。