初午


データ番号007_2
作者名江馬務(えまつとむ)
解説きのふけふ梅は綻びて春のおとづれを告ぐれど、猶ほ北山には雪を残していと寒し。さあれ稲荷の神の初午には、老も幼きも遠近よりふりはえて詣づめり。稲荷神社(いなりじんじゃ)は倉稲魂神を祀り、元明天皇和銅四年(わどうよねん)二月十一日初午の日に伏見三峯に垂跡あらせられし縁起を尚び、二月初午の日をもて祭日とし諸人参詣す。巳の日にも詣づるは己は実に通じ、稲荷の神は五穀成就の御食津の神なれば、その実の成就を喜ぶ心にて、世俗狐をこの神の使となすは狐の古名「けつ」といひ、御食津の名に通ずればなり。当日は若き男さては花柳の巷のすきものなど酔をふくみ姿を乱してお山めぐりをするも、如何なる所願のあるにや。家苞には狐鈴・布袋・転法・柚つぼなどを求むるもあり。昔ながらに杉の一枝を手折りて帰るは心ある人ならむ。伏見街道(ふしみかいどう)店を開きて踵をつぐ人を迎ふ。家々にても狐の好むといへる油揚菜・辛子あへ菜などを食して遙かに神の利益を念ずるは、いづれあらたかなる神の効験を知ればなるべし。