データ番号 | 013_2 |
作者名 | 江馬務(えまつとむ) |
解説 | 春は花いざ見にごんせ東山(ひがしやま)色香争ふ夜桜と昔の歌にも残りて、東山の夜桜は京名物の一にぞ数へられし。その中に元社家にありけむ一本の枝垂桜、今は円山公園(まるやまこうえん)の中央に時めきて京の花の魁覇王と仰かれ、満都の人気をあつむるこそめでたけれ。東山の翠巒霞こめて東風ものどかに春の心を伝ふれば、此の大木は俄かに綻び初めて遠く之を見れば、げに一条の白雲峯を掠むるかと疑はる。夜は電燈の火影に映えて時ならぬ白雪の積るかと怪まれ、こを見むとてつどふ人幾千万なるを知らず。利にさとき茶亭は所せき迄にテントを張り提灯雪洞など点火し、酒池肉林の貴饌の中、醉語の花もたはぶれて、杯盤狼藉のさま凄じく、中を通る社内かたり・物売織るが如く、雑沓熱閙(ねっとう)げに筆紙につくしがたし。ただ憾むらくは花の期間短くして、端なく夜半の嵐にうつろひゆく。此の折桜町中納言(さくらまちのちゅうなごん)あらましかばとは、心あるもののみの願ひもあらざるべくや。 |