恵比須祭


データ番号080_2
作者名江馬務(えまつとむ)
解説建仁寺(けんにんじ)の開山栄西禅師(えいさいぜんじ)宋に渡航の折、曽祖父薩摩守貞政(さつまのかみさだまさ)作の蛭子の像を奉持しけるが、帰朝の時海上にて颶風に遭ひ、此の尊像を祈願して恙なきを得たり。よりて建仁寺建立の時この像を境内に祀りしが、後星移りて社今の處に転じたるとなり。現今祭礼は五月十六日にて、古は神輿ありしが今は鳳輦一基、四条宮川町(しじょうみやがわちょう)五条伏見街道(ごじょうふしみかいどう)松原六波羅(まつばらろくはら)八坂塔下(やさかとうした)の氏子町を巡行す。列に先だち獅子頭あり。魔障を秡ふと見えたり。猿田彦の面とかけし大榊などを始め、各列威儀堂々あたりをはらひて錬行するさま森巌を極む。洛中蛭子社の頭目なれば社頭の祭儀も盛大にして、利に敏き商売などの参詣するもの不景気の年ほど多きはさもありつべし。