精霊迎鐘


データ番号039_2
作者名江馬務(えまつとむ)
解説盂蘭盆は梵語にて、漢文にては救倒懸と訳す。目蓮尊者(もくれんそんじゃ)の母、餓鬼道に墜ち倒懸の苦患を受けしかば、目蓮そを救はむ為め、仏の命により僧を供養し精霊を慰めしより起りしとかや。亡き人の精霊の来るを迎へむそなへにとて、八月九日人々松原通川東(まつばらどおりかわひがし)珍皇寺(ちんこうじ)へ詣づ。この珍皇寺は古の鳥辺野(とりべの)葬場の跡にて世に六道辻(ろくどうのつじ)といひ、此處より冥府に通ふ路ありとし、かの小野篁(おののたかむら)もここより地獄へ罷りきといひ伝ふめる。境内には石地蔵累々たり。鳥辺山(とりべやま)の烟絶ゆることなくして人生浮雲にさも似たり。松風もむせぶ夜すがら、その石地蔵に香花水塔婆を供へ、かたみに鐘楼の鐘の縄を引きて打ちかふに、声に諸行無常の響あり。げに冥府にも骨肉の誠の通ずるかと疑はる。沿路には草市たちならびて、大小土器折敷蓬葉枝栗槇の枝などくさぐさのものを売る。槇の枝は精霊之に移りて来るといひならはせばなりとぞ。夜更けてもなかなかに善男善女の参詣はつきせず。鐘の声は無限の哀音をこめて暁天に冴えゆく。