鳥羽城南宮祭


データ番号093_2
作者名江馬務(えまつとむ)
解説鳥羽離宮(とばりきゅう)の故地にありて鳥羽天皇(とばてんのう)を奉祀せる真幡寸神社(まはたすじんじゃ)は、方位を司る社として賽するもの四時絶えず。その祭は例年十月廿日に挙行せられ、神輿三基は竹田(たけだ)鳥羽(とば)の若き人々に舁がれ、午前十時頃より竹田街道(たけだかいどう)を南へ下鳥羽上鳥羽に出で、夕ぐれに本社に還幸あり。いにしへより荒々しき祭にて、血を見ること屡なれば血祭といふとぞ。氏子の家々にては皆餅を搗きて来客に強ひ、飽食せしめずんば已まず。よりて又餅祭の名もありとかや。にげていぬ袖へもくれつ。餅まつりの有りがたみもあれど、居直れば又強ひるなり。餅まつりの苦もなきにあらず。氏子の家に招かれゆく人は進退度を知るをもて尊とすとは、出陣にも似てをかしき覚悟なりかし。