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人物名

人物名原田長兵衛 
人物名読み 
場所 
生年 
没年 

本文

原田長兵衛は初メ但馬豊岡侯の士なりしが、致仕して後、劒術をもて家産とす。為リ人ト正直にて人の戯言もみな実とす。ある時門人いふ。我村中に百歳の老人あり、其背戸の井の傍に拘杞の木あり、其井の水にて手水をつかふに、其木葉の雫面にかゝるがゆゑにかくのごとく長寿せりと。長兵衛是を聞てより、井の水の廻りに拘紀を栽、その露を掬して顔にそゝぐことおこたらず。拘杞の能こそあれ、面にそゝぐはおろかにいはれなきににたれど、此人も八旬に過て猶矍鑠なりき。生涯手習ふことをつとめとす。門人等、六十の手習といふに、八十はあまりによしなきこと也。只枕を高うして楽しみ給へ、といふに、いな、さにあらず、われ手あしければ習ふなり、是はもと前生の宿因なきより拙ければ、若今生に上達せずとも後世の縁に成なん。よしよしそれはともあれ、寸陰もむなしく暮すは天の恐れあり、と申されしはたうとし。又此人若き比伊勢参宮せんとするに、あたりの人々、その謹厚をしれば、よきついでとて、むすめどもをわれもわれもとあづけて、まうでさせんといふ。さまざま辞すれどもせちにたのみければ、せんかたなく伴ひたるに、京にいでたる日と、伊勢の宇治山田にては、人多き間にて、はぐらしやせんと女達の腰に縄をつけて、おのれたしかに持て大路を行さま、かの美濃の長良川にて鵜を使ふにひとしかりしと、京にてみし人かたりしが、大切に守りける心づかひ思ひやられぬ。常に他郷に行時は妻子に暇乞の酒くみ、遺言ことごとしく心残らぬまでいひ置て出ヅ。妻子もいつも涙にくれて門送りせしとなん。武術をたしむ人の心づかひ殊に殊勝なり。