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人物名

人物名 霞谷山人 
人物名読み かこくさんじん 
場所  
生年  
没年  

本文

霞谷山人は、何の所の人といふことをしらず。其姓字をとへば、姓は山、名は人、深草の霞谷に住ゆゑに霞谷山人といふ也と答ふ。性、多病 にして寒をうれへ夏日をよろこぶ。常に書をよむ時は怡然として憂を忘る。しかも何の書といふことを撰まず。凡めづらしき書にあふ時は価を論せずして購ふ故 に、家はきはめて貧しくて書は大に富り。常の言に、法界は吾心也、こゝろはわが法界也、法界と心と初より二つなし。戒は吾宅也、定は吾衣なり、慧は吾食な り。これを法界に遊ぶといふと。終に霞谷に歿す。元政上人の讃に云、 病有リ二ツ焉。心病也。身病也。蓋シ心病ハ也者。雖ドモ神医ト而モ無シ術矣。若キハ山人ノ者身病也己ノミ矣。法界之心。何レノ病カ之有ラ。楽シイ矣哉。 (病二ツ有リ。心病ナリ、身病ナリ。蓋シ心病ハ、神医ト雖ドモ而モ術無シ。山人ノゴトキハ身病ノミ。法界ノ心、何レノ病カコレ有ラン。楽シイカナ。) <蒿 蹊云、是は元政上人五柳先生の伝に擬し給へる也と、法嗣恵明師書入ある草山集、瑞光寺にあり。然れば自の事を書給ふ也。別に 伝を立べからず。予後に聞て正すに及はず。故に追記す。>

(追記)

蒿蹊因ニ云、世に元政壁書といふものあり。仮名にざれごとのやうに書て、老荘のかたつかたを心得しと思はるゝものなり。元政上人におい ては没交渉、仮寐の夢にも上人をしらぬものゝいひふらしたるなるべし。其中にことに、髪結ふがむつかしさに髪おろしたり、といふこと あり。又、恵心の作のあみだ一体もちたれども後世をねがふためにもあらず、おやど申斗也、とあり。上人は出家以来、持律、戒慎の人な り。又日蓮宗也。趣一向にたがへることは眼識なき人といへどもしるべし。又ふかくさのうづらの声を聞て、焼イてしてやりたしとおもふ意もなし、といへるは いかにぞ。鶉狩などいひて、殺生のために出る人は各別にて、およその人、鳥けだものゝ形声を見聞て、食欲の意起るといふことは稀なるべし。深草のうづらと いふより、やがて焼とりに意のつくは、あさましといふもあまりあり。是はもし生々の物識リがほなる俳諧師などの此さとに住て書たるにやあらん。もし佐川田 昌俊の作にや、と花顚は疑ひしかども、是もあたらず。或ルは霞谷山人こゝに住て、風顚の趣キ頗ル似たりともいふべけれど、戒定恵の説をみれば大きに非也。 畢竟しられぬことながら、霞谷の名に付てこゝに評して上人のために寃を清む。