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人物名

人物名 藤堂楽庵  
人物名読み とうどうらくあん 
場所  
生年  
没年  

追記
人物名 楢林由仙 
人物名読み ならばやしゆうせん 
場所 長崎  京都  江戸 
生年  
没年  
本文

楽庵藤堂氏、もと伊賀の名姓の子弟なれども、少年故ありて国を去り、洛東に棲遅す。為リ人ト才有て強梁也。禅を主として同好相逢時は仮 初にも棒喝を行ひ、はたあるひは初相見の人にむかひても、吾機嫌によりて、汝は是何ものぞ、など突然ととふに、其人もとより禅意を会せざれば、驚愕て一言 を出すこと能ざる時、可シ憐癡人なる哉、など恥かしむ。されば狂人也とおもへるもあり。凡其言行虚実、是非一定せざれば、謹慎をつとむる人は爪弾をして、 仇讐のごとく思ふも有。されども自若として世人をみること螺蠃と螟蛉のごとし。故に漢季の禰衡に比する人もありき。常に心にまかせたる頌を作り道歌をよ む。今記得せるは、

布袋和尚児を負て川を渡る図に題して、

背なに負ふ児のさす瀬こそ三つ瀬川渡りはつべき浅せ也けれ

又頌無題、 超エ私ヲ又超ユ公ヲ。公中了ス公道ヲ。勿レ怪ムコト放チテ子姪ヲ。唯任スコトヲ其ノ悪好ニ。 (又頌無題、 私ヲ超エ又公ヲ超ユ。公中公道ヲ了ス。怪ムコト勿レ、子姪ヲ放チテ、唯其ノ悪好ニ任スコトヲ。) 凡此類也。晩年、八瀬の山川より蛙を取来り盆水に愛養す。其声冷亮として凡ならず。これよに井手の蛙と称する種類也。もし鳴ざる時は自ラ笛を吹ていざなふ に必応ず。其説にいはく、河鹿といふも是にて、杜父魚の事といへるは甚非也。腮開きたるものゝ声を出す理はなしなど、河鹿の説を著す。此奇翫にて或は蝦蟇 先生なども人よべり。又閑暇の時は木、石、骨、角をいはず、手に任せて彫刻し、さまざまの物の象をなす。かつて学ぶにあらねどもおのづから緻密に、雅趣は 凡工の及ぶ所にあらず、人を絶倒せしむ。是も奇の一端といふべし。天明八年申歳、六十八にして歿す。又其家人、斎女は翁若き時荒淫なりしも、妬まず背かず 是非を争はず、生涯よく仕ふ。しる人は皆感じて賢婦と称す。先だちて頓死せられし時は、さしもの老爺も泣て、其労を謝せられしとぞ。

○由仙猶林氏は外療の名家なれども、性、質朴寡欲にして其伎を売んとせざれば甚貧しく、居るに奴碑なく、出るに僕従なく、麁服を着し、 薬籠もみづから携ふ。中年、妻を喪て一男一女をはぐゝみ、矮屋に住り。潔癖にて唯物をむさむさしくおぼえけらし。常に門戸を閉て来る人ごとに名乗せざれば 開かず。あさくらや木の丸どのゝ心地す。人に物をあたふるは門人のためといへども、かならず眼よりうへにさし上グ。是も潔きがためとぞ。此人の称すべき は、平日座上に父の席をまうけて膳を備ふること日に三度、飯も羹も生ケる人のごとく盛かへてすゝむ。味のよきあしきにつきて其子どもと相謀るを、始て至る 人などものごしに聞ては、老父まさしく在とおもへり。思ふに是は儒仏の礼法にもよらず、唯其中心の誠にいづるなるべし。さて、吾親は仕ふることかくのごと くなれば、人も亦親のためといへば甚これを憐む。其一つをいはゞ、凡ソ諸生三年にあらざれば家方を伝ふることを許さゞるに、播磨の人、児島尚善といへる が、半年につゞめて日々に怠らず学んことをこひしに、三度に及びて聴ざれば、力なく国に帰らんとするに臨み、其母を養ふがために在京久しうしがたきよしを 聞て、始て入門を許し、束脩の軽きをいはず、是に倍して物を与へ、別れんとては家の秘書をも自書してあたふるに及ぶ。此間、尚善、同門の人に砒石をえた り。外科に有用の物なれば、悦びて携来り師に示せしに、其後故なく破門のさたに及びしかば、おどろきて即往てことの由をとふに、曰、わぬしは孝子也と思ひ て甚愛せるに、砒石を携たる手をもそゝがず、茶を汲ミて喫す。もし毒にあたりて命を殞さば、母に仕ふるにいづれの身をもてせんや。さる不孝の者は吾門に居 らしむべからずといへり。されども意の及ばさりし罪を侘てからうじて許されたり。さて其下る道の海陸、船中、馬上の心づかひをもつぶさに説て、親もたる身 はせちに慎むべきことを誡しむ。又をかしきことは、ある富豪の家の療治に行たる時、主人礼服をつけ清まはりて膳をあつかふさま也。何事ぞととへば、けふは 後園の小祠を祭る也といふ。其神はなぞと又とへば、稲荷と称して実は神狐也。神膳清ければ必喫し給ふなど其奇特をかたるに、由仙何げもなく、其狐はあまり 老狐にならざる間ダに喰ふがよしといへり。其意あながちに主人を激するにもあらず、魚もけものも同じ意にて、狐ときゝて喰ふべきものと思へりと。江邑北海 話て笑れしとぞ。すべて、少しも物をつくろはずいつはらず、ある貴家の御療治したる時、やゝ侍せられしかば、吾はいそぐ用有リかへるべしといふ。対する 侍、何ぞ急なる病家ありやといへば、否けふは西河へ漁に行んと思へば心あはたゞしといひけることもあり。此外、奇話多き人にて、わかき時は任侠をことゝせ し説などもあれど、煩らはしければもらしつ。生来、京師を離ぬ人なれども、はつかも京地の風趣なく、僻遠の人のごとしとなん。七十有五にて去年乙卯歿す。