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人物名

人物名岸玄知 
人物名読みきしげんち 
場所 
生年 
没年 

本文

岸玄知は、出雲国侯の茶道にて和歌を好めりとぞ。或日、郊外に出て徘徊し、農夫の圃辺に梅華さかりに開を見て甚賞し、やがて此梅樹を買んといふ。圃主肯ぜざるを強て望み、高価をもて約せるが、もとより産業を治る意なければ赤貧なるに、家具を傾けて代銀をとゝのへ、あけの日、懐にして農夫に与へ、又酒を携て花下に賞詠し、晷をうつす。其のち月日を経ても移栽ざれは、農夫来りていかにとゝふに、玄知、いな、汝が見るごとく吾矮屋大木を容るの地なし。其樹はいつまでも汝が所に置べしといふ。さあらば実熟クせば持て来たらんといふを笑ひて、吾は花をこそ賞すれ、実に望なし。汝これをとれ、唯花のため木を傷ふことなかれとおもふのみと。農夫おどろきて、もと此樹を高価に売ルは実の多きがゆゑ也、吾地に置て実をもとめ給はずば価銀を受べきにあらず、かへしまうさん。花は幾日なりとも看給へ。われに損なし、といへども、きかず、人の花は見て面白からず。わが花にしてこそ興はあれとて、此後、花信至れば年々酒を携へて華下に酔ふ。後迄、玄知が梅と名付たり。又国侯上途のついで、陪従の臣間暇あれば名所旧跡を操り、神社仏閣に詣るを、玄知はかつて出遊ばず。一日、同寮につげて少間を乞ひ、金壱方を包み、近松門左衛門が宅に至り、名刺を通じ対面をこふ。門左衛門出迎へたれば、彼一封を贈り、熟其面皃を見て早帰らんといへば、主、こはいかに、何ぞとひ給ふことの有て来り給ふにはあらずや、といぶかれば、玄知さしとふベきことはなけれど、足下は浄瑠璃の作に妙にして児女といへども名をしらざるはなし。依て、われ其面はいかならんと思ひて頻に見んことをほりせしが、今正しくまみゆることをえたれば、他に用もなしとて去る。またある時、連歌ノ会に大禄の人を招しが、其人厠へ往んとす。玄知案内申さんと、やがて鐸を持出てこゝへおはしませといざなひて、庭中に地を掘窪めて、おのれつねに用るは穢らはしくて大人を誘ふべからず、是は新くて潔しといへり。