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人物名

人物名 売茶翁 
人物名読み ばいさおう 
場所  
生年  
没年  

本文

売茶翁者肥前蓮池人也。姓柴山氏、諱元昭、月海と号す。早歳、薙髪、竜津の化霖を師とす。化霖は黄檗独湛禅師の弟子なるをもて、たづさ へて黄檗に詣る。一日湛めして方丈にいたらしめ、賜ふに偈をもてす。少年といへども、其才器異なるをしれば也。翁ますます自勉む。二十二歳におよび、痢を 患て困しみ、自安ンずることあたはず。こゝにおいていきどほりを発し、病いまだ全愈ざるに旅だち、陸奥に至り、万寿の月耕に附して歳をへ、またあまねく諸 方の知識の門に遊ぶ。あるひは湛堂律師によりて律をもならひぬ。西に東にあとをとゞめず、身たくはふる所なく、ひとへに此道をもて任とす。つくしの雷山の みねに止りて火食せず、一夏を過すがごとき、其精苦をしるべし。省悟すといへども尚自足れりとせず、つねの言に曰、むかし世、奇首座、竜門の分座を辞し て、是猶、金針の眼を刺がごとき歟、毫髪ももしたがへば睛すなはち破る。しかじ生々学地に居て自煉んにはといへり。予つねに是をもて自警む。もし能一拳頭 あまねく物機に応ずるに足らば、いでゝ人のためにして可也。其レあるひはいまだしからずして、そこばくの学解をかざりて、顔を抗て宗匠と称せんは恥る所な りと。後肥前にかへりて師に仕ふること十四年、師没して、法弟大潮をあげて其寺の主とし、自は平安に遁る。さて曰、釈氏の世に処る、命の正邪は心なり、跡 にあらず。夫、袈裟の徳にほこりて人の信施をわづらはすは、われ自ラ善クする者の志にあらずと。こゝにして始て茶をうりて飢を助く。凡春は花によしあり、 秋は紅葉にをかしき所をもとめて、自茶具を荷ひて至り、席をまうけて客を待。洛下風流の徒よろこびてそこにつどふ。さればいくほどなく、売茶翁の名あまね く世に聞ゆ。さるに其故国の法、疆を出るものは必官のしるしをたづさへ、十年一たび帰りて更に命ぜらるゝことをうく。僧といへども同じ。翁七十にのぞみて 復国に還り、自僧を罷、其国人のつかへて京にあるものゝ下に名をよせて、十年の限リを免んとこふ。国もとより翁の為人を信ずるゆゑにこれを許す。こゝにし て自ラ高を氏とし、遊外を号とし、笑て人にかたりていふ、吾貧して肉をもちゐず、老て妻をよろこばす。葛巾野服茶を売のすぎはひかなへりと。復京に去ぬ。 凡人茶を売ことを奇として称すといへども、翁の志、茶にあらずして茶を名とす。其平居綿密の行ひはしる人まれ也。晩に岡崎に居て、携ふる所の茶具を取て火 に投じ、是より門を杜ぎ客を謝して天年を養ふ。或人いふ、一旦座右に、長咄しいや、と書付られしが、老窮ては全く客を辞せりと。終に蓮華王院の南、幻々庵 にして化す。世寿八十九。宝暦十三年癸未七月十六日也。右、大典禅師、翁の生前著す所の伝、偈語の後にみえたるをとりて訳して、遷化の世寿年記等を加ふ。 又偈語のうち、翁の行実にあづかる作、四五をとりてこゝに挙。なほ翁をよろこぶ人は、偈語全書をみるべし。

(追記)

題ス銭筒ニ 随処ニ開ク茶店ヲ。一鍾是一銭。生涯唯箇ノ裏。飢飽任ス天然ニ。 (銭筒ニ題ス 随処ニ茶店ヲ開ク、一鍾是一銭、生涯唯箇ノ裏。飢飽天然ニ任ス。) 又 煎茶日々起コス松風ヲ。醒覚ス人間仙路通ズルコトヲ。要セバ識ラント廬仝真妙ノ旨ヲ。傾ケテ嚢ヲ先ズ入レヨ箇ノ銭筒ニ。銭筒に題せる偈、猶多 し。みな此趣なれば略す。 (又 煎茶日々松風ヲ起コス、醒覚ス人間仙路通ズルコトヲ、廬仝真妙ノ旨ヲ識ラント要セバ、嚢ヲ傾ケテ先ヅ箇ノ銭筒ニ入レヨ。) 又茶をうる席に書付られし狂言、是は偈語にはのせず、或人うつし置るをこゝにしるす。

茶銭は黄金百鎰より半文銭まではくれ次第、たゞのみも勝手、たゞよりはまけまうさず。

達磨さへおあしで渡る難波江の流を汲る老のわが身ぞ

自賛三首 咄這瞎漢。謾ニ打タス風顚ヲ。早歳入リ釈ニ。事ヘテ師ニ参禅ス。百城ノ烟水。遠ク探リ要津ヲ。熱喝痛棒。嘗苦ヲ喫ス辛ヲ。歴尽シテ雪霜ヲ。自救不了。顢頇 ノ面皮。懡■多少。老来安ンジテ分ヲ。為リ売茶ノ翁ト。乞ヒテ銭ヲ博ヘ飯ニ。楽在リ其中ニ。煮通天ノ澗ニ。粥渡月ノ花ニ。若シ人論ゼバ 味ヲ。驀口ニ嗟過ス。因リテ憶フ昔年ノ王太傅。依然トシテ千古少レナリ知音。 (自賛三首 咄這瞎漢、謾ニ風顚ヲ打タス。早歳釈ニ入リ、師ニ事ヘテ参禅ス。百城ノ烟水、遠ク要津ヲ探リ、熱喝痛棒、苦ヲ嘗メ辛ヲ喫ス。雪霜ヲ歴尽シテ、自救不了。顢 頇ノ面皮、懡■多少。老来分ヲ安ンジテ、売茶ノ翁トナリ、銭ヲ乞ヒテ飯ニ博ヘ、楽其中ニ在リ。通天ノ澗煮、渡月ノ花ニ粥グ。若シ人味ヲ 論ゼバ、驀口ニ嗟過ス。因リテ憶フ昔年ノ王太傅、依然トシテ千古知音少レナリ。) 髭鬚照ラシ雪ヲ。疎髪髼鬆。痩杖扶ケ老ヲ。鶴氅蔽容ヲ。具籃荷ヒ去リテ。独歩シ洛東ニ。売茶生計。足ル養フニ衰躬ヲ。非ズ儒非ズ釈ニ又非ズ道ニ。一箇風顚 ノ瞎禿翁。 (髭鬚雪ヲ照ラシ、疎髪髼鬆、痩杖老ヲ扶ケ、鶴氅容ヲ蔽フ。具籃荷ヒ去リテ、洛東ニ独歩シ、売茶生計、衰躬ヲ養フニ足ル。儒ニ非ズ釈二非ズ又道ニ非ズ、一 箇風顚ノ瞎禿翁。) 箇ノ売茶ノ漢。籃裡維レ何ゾ。無底ノ椀子、鞏県ノ茶瓶。為ニ糊センガ一口ヲ。売弄ス諸方ニ。用ルコト力ヲ是レ大ニ、得ルコト銭ヲ却テ微ナリ。箇ノ担板。 咄。 (箇ノ売茶ノ漢。籃裡維レ何ゾ。無底ノ椀子、鞏県ノ茶瓶。一口ヲ糊センガ為ニ、諸方ニ売弄ス。力ヲ用ルコト是レ大ニ、銭ヲ得ルコト却ツテ微ナリ。箇ノ担 板。咄。) 自警ノ偈 夢幻ノ生涯夢幻ノ居、了知ス幻化絶スルコトヲ親疎ヲ。貪レバ栄ヲ万乗モ猶ホ無ク足ルコト。退レバ歩ヲ一瓢モ還リテ有リ余。無事ナレバ心頭情自ラ寂ニ。無心 ナレバ事上境都テ如ナリ。吾ガ儕苟トニ得バ体スルコトヲ斯意ニ。廓落タル胸襟同ジカラン太虚ニ。 (自警ノ偈 夢幻ノ生涯夢幻ノ居、了知ス幻化親疎ヲ絶スルコトヲ。栄ヲ貪レバ万乗モ猶ホ足ルコト無ク、歩ヲ退レバ一瓢モ還リテ余有リ。無事ナレバ心頭情自ラ寂ニ、無心 ナレバ事上境都テ如ナリ。吾ガ儕苟トニ斯ノ意ヲ体スルコトヲ得バ、廓落タル胸襟太虚ニ同ジカラン。) 偶成警シム少年ノ禅流倣フコトヲ余ガ茶事ニ 太傅面前飜却シ去テ。千年ノ旧案挙シ来テ新タナリ。腕頭無クンバ力全ク扶起スルニ。謾ニ叫ンデ煎茶ト莫レ失スルコト真ヲ。 (偶成少年ノ禅流余ガ茶事ニ倣フコトヲ警シム。 太傅面前飜却シ去テ、千年ノ旧案挙シ来リテ新タナリ。腕頭全ク扶起スルニ力無クンバ、謾ニ煎茶ト叫ンデ真ヲ失スルコト莫レ。) 仙窼焼却ノ語仙窼ハ是具籃名所 以粥ダ煎茶ヲ也 我レ従来孤貧。無ク地無シ錐。汝佐輔スルコト吾ヲ曾テ有年。或ハ伴ヒ春山秋水ニ。或ハ粥グ松下竹陰ニ。以テ故ヲ飯銭無ク缺タコト。保チ得タリ八十余歳ヲ。 今已ニ老邁。無シ力于用ルニ汝ヲ。北斗ニ蔵シテ身ヲ。将ニ終ヘント天年ヲ。却後或ハ辱シメラレム世俗之手ニ。於テ汝ニ恐クハ有ラン遺恨。是ヲ以テ賞スルニ 汝ヲ以テス火聚三眛。直下ニ向ヒテ火焔裏ニ転身シ去レ。転身ノ一句且ツ如何ン。良久云。劫火洞然毫末尽ク。青山依ル旧ニ白雲ノ中。便チ付ス丙丁ニ。 乙亥九月初四 八十一翁 高遊外 (仙窼焼却ノ語仙窼ハ是レ具籃ノ名、以テ煎茶ヲ粥グ所也。 我レ従来孤貧、地無ク錐無シ。汝吾ヲ佐輔スルコト曾テ有年、或ハ春山秋水ニ伴ヒ、或ハ松下竹陰ニ粥グ。故ヲ以テ飯銭缺クコト無ク、八十余歳ヲ保チ得タリ。 今已ニ老邁、汝ヲ用ルニ力無シ。北斗ニ身ヲ蔵シテ、将ニ天年ヲ終ヘントス。却後或ハ世俗ノ手ニ辱シメラレム。汝ニ於イテ恐ラクハ遺恨有ラン。是ヲ以テ汝ヲ 賞スルニ火聚三眛ヲ以テス。直下ニ火焔裏ニ向ヒテ転身シ去レ。転身ノ一句且ツ如何ン。良久クシテ云ク、劫火洞然毫末尽ク、青山旧ニ依ル白雲ノ中、便チ丙丁 ニ付ス。 乙亥九月初四 八十一翁 高遊外)
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