岡周防守某は、備前国酒折ノ宮の神職にて、神学の名高して奇人也。或時刀を買て帯て出たるに、おもはぬことを人いひかけて、腹あしくなりたり。又他方へゆきたるに同じく腹あしくなること有しに、さればこそ此刀は、われに応ぜぬものなれとて、常に来る魚商人に、路次にて逢たるにとらせつ。又ある時山中にて道に迷ひ、雨さへふり出てせんかたなく、からうじて辻堂を見つけてたどり入し間に、雨はやみたれど、夜になりて、いよいよ行くべきかたもしらねば、一人の僕と供に、そこらの木葉をさぐり集て、火をうち出し焼つくれど、雨にしめりたる木のはなればもえず。さる時に狼のこゑなどしばしば聞えて、おそろしさいはむかたなきに、いつしかしめりたる木の葉の中より、おのづから火もえ出たれば、やがて其光にて、木の枝折くべなどするに、其火よすがらに絶ず、ふしぎなることなりき。又或ル時、背に癰発し、さまざま医療をつくせども験なし。今は死すべしとおもひけるとき、こよひは御社へこもりていとままうさんといへるを、医師も親族も、身を動かし給んはいとあしきことゝとゞめけれど、あへて不肯、たとひ途にて死すとも詣ずばあらじといへば、畳にすゑながら舁て社頭へやり、あまたまもりをれるに、夜半のころ、病人も守人も我しらず眠て、火の消たるをもしらず。其時周防守周防守とよぶこゑして、あやしき手して背を撫るとおぼえてうちおどろき、まもるものを驚して、いかにやと問へどもしるものなし。火をともして、背をみせしむるに癰は名残なく愈たり。さて是より後二十余年ながらへぬるとかや。尚かゝるふしぎたびたび有しとよく知人かたりぬ。さこそ神慮にかなひけめとたふとし。
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