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人物名

人物名文展狂女 
人物名読みふみひろげの 
場所 
生年 
没年 

本文

天正のころ、年四十にかたむける女、物狂して一巻の文を筥に入、首にかけて、花のころは東山の木かげ、また月の夜は五条のはしのうへなどについゐて、彼文を出し高らかによみ、また沈みてよみなどして、声をあげて泣悲しみ、何やらん独言いひて後、取納めて去。これは織田信長のおとゞのおもひもの、小野のお通につかへしちよといへる女にて、をさなきころより侍らひしかば、女の態はさら也、文の道も心をよせて、情あるものなりしに、ある時、都の商人喜藤左衛門といふものに忍びであひそめ、こゝろをかよはすこと三とせ斗、おもひあまれる秋の暮に、

うらやまし人めなき野の蛬なくも心のまゝならぬ身は、

とよみてうちふしがちなるを、おつうはもとより情ある人なれば、色にいづる心の乱れをひそかにとひきゝて、やがて喜藤をめしよせ、千代を得させければ、よろこび京へ伴ひ、五条のほとりに住ける。さていかゞしたりけん、家衰へ世に住侘るからに、かたみにうらむるふしぶしもいできて、おのが世々にならんとす。千代このよしを岐阜へ告て歎きける文のはしに、

絶はつるものとは見つゝさゝがにのいともたのめるこゝろぼそさよ、

といへる惟喬のみこの御うたを書添てやりける。お通あはれにおぼえて、かの男へのふみに、久しくよすがなくおとづれきかまほしき折から、千代かたよりあらましのことゞも文して聞え侍らふに、さゝがにの糸たえはつるものとは見つゝとふるごとなど、くれぐれ歎きこしさむらふまゝに、このかへりごとに、

とにかくに折ふしごとのたがひめを恨むる中ぞちぎり也ける、

とまうし遣し候。さなきだに女は心あさくて、何くれのことをせばき胸にたもちさむらへば、をとこにすさめられがちにて侍らんつれども、もとの清水わすれがたき御心をわれしもたのみ入候。所がらの御住居、夕がほの垣ねもまばらに人めもつらくおぼしめしさむらはゞ、ひがしやまゆうくわん房へ御たより候はゞ、よろしくはかられ申さるべく候。法師は取つきあらあらしく候へども、底意なくて、山の井結びわけてもあしからずはからひたまひ候べく候。折から所々のさわがしさ、うへにも御けしきおだやかならず、つきづきの人も心ならず候ゆゑ、うれしき便までにあらまししどけなう候。かしく。

此文に、をとこもなぐさみてわかれず、五とせほどへけるが、男身まかり、岐阜もとりどりになりて、世のさまかはりしかば、此女気そゞろになりて、うかれありきける。かのよみけるは此お通の文とぞ。狂女もさすが哀なり。尤、お通の心ばへ、文雅の其代にも似ざるがめでたく覚えて、近世の例にはやゝふるびたれど、こゝに録す。

図版