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人物名 |
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本文 |
大雅、江戸より奥州にあそびしかへるさ、いづこにてか、禅刹に入て午飯を乞に、住僧は他に行てあらざりしかども、こゝろよくもてなして飯茶を進めたり。されば大雅卒に一偈をとゞめて去ぬ。住僧帰りてその偈を看て甚賞し、これが和を作り、跡を追て京のかたに越しに、道路の間、あはず。つひに京まで来りてこゝかしこ尋れども、彼偈に池無名と書るまゝにとひたれば、其名をしる人なし。もとめわびて空しく帰らんとせしに、せめて東山の寺社拝みたまへと人の勧るにつきて、まづ祇園の社に詣たるに、絵馬殿に掲し蘭亭図に、池無名と記したるを見つけて、やがて坊に入てとひて、はじめて其所をしり、到りてたいめに及びしが、今は本意とげたり、京に用なしとて、其日旅立けりとかや。一偈の為に数百里を追て、事遂てまた他意なき酒落、いとも奇也。大雅歿後に此話を門人に聞しかば、其奥州の地名、僧名ともに洩しぬ。をしむべし。 |