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人物名

人物名僧 恵潭 
人物名読みえたん 
場所 
生年 
没年 

本文

僧恵潭は奥州白河の士、姓は坂上にして、並河を称す。諱は義豪、通名は遁世の後、深くつゝめるよしなればこゝにもらせり。其人となり、温順にして文雅を好み、しかも弓馬の達者にて、従ひまなぶ人もありき。然るに若き時より遁世の志を懐くゆゑに、妻をも具せず、甥を子として家を継しめ、姪女を娶りて是が妻とし、子一人ある比ほひ、自は同家のしりへに隠居してありしが、時よしとやおもひけん、もとゞりを切、ひそかに家を出、刀脇指をも具せず、携ふ所は歌書二まき、金壱片の路費のみ。駿河の原に至り、白隠の徒に従ひて禅を学ぶ。年比の歌の師、一室、栂井氏に来りし日、昔にも似ず、やつれたる姿なれば、鼠色したる木綿の小袖を施したるに、頓て同行の僧に与へたり。銀を施したる時もたくはへず、直に伴ふ僧とゝもに、めづらしく京に登りたるかひにとて戯場を看たり。よろづのことに心をとゞめざることかくのごとし。吉野山の奥、赤滝といふ谷深きさとにも一とせ斗住りしが、熊野ゝおく山にして終れり。時六十八とかや。遁世の後は故郷の親族にも在所をしらせず、終けるよしも彼栂井氏よりほのめかしけるのみとぞ。されども勤仕全かりしうへ、出家は先君の御菩提をとぶらはんための志ときこえけるゆゑにや、其家は禄も減ぜず、さながら相続したり。此人は西行をまねぶにはあらで、おのづから趣似たりとやいふべき。歌もあしからざりしかど、記得せずと栂井氏いへり。