亀田曳尾は書をもて鳴り、窮楽の号をもてしらる。ものをものともおもはぬくせものなりし。売茶翁とひとつ小路に住し時、莫逆のまじはり
を結びて、彼は茶をのみ、是はさけをのむ。時ありては酒のまぬ売茶翁、壺提て酒買に行る日もありけるとぞ。後売茶翁双丘の東畔に転居し、梅雨連月に及び、
茶を買客なし。銭筒傾尽して糧絶し時、窮楽是を聞て至リとぶらひて賑はゝしむ。時に翁謝せる偈、偈語に見ゆ。
無ク茶無ク飯竹筒空シ。恰カモ似タリ波臣車轍ノ窮マルニ。
多謝ス特ニ来リテ親ヲ賑済スルコトヲ。箪瓢充チ得テ養フ衰躬ヲ。
(茶無ク飯無ク竹筒空シ、恰モ波臣車轍ノ窮マルニ似タリ。
多謝ス特ニ来リテ親ラ賑済スルコトヲ。箪瓢充チ得テ衰躬ヲ養フ。)
ある時大なる酒樽をすゑて、そのわたりの男女のまどしきものをつどへて酒のます。そこへいきたる人みて、何事ぞといへば、屏風書てやりつる報ひに人得させ
たればのまする也、といふ。えも知れぬうたども諷ひて興にいる。はてに樽の下にしかれて、紙にすゑたる金十方を見つけて、よきさかなこそありけれとて、配
りてみなとらせつくしぬ。万の態たゞかゝりしとぞ。其知己なりしあふみの佃房がもたるをみれば、窮楽すきのものと題して、
たばこ。すまふ。けいば。銭。酒は予が糧なれば計へず。
また嫌ひのものもありしが、その一つには理屈、余は今わすれたり。此佃房年々草といふ年ごとの歳旦集に、いつも此道人の両節あり。其中
にて記得たるは、
正月は只幾としもおもしろし。
うかうかと我宿へ来る春いとし。
其淡しくをさなき気象を見るに足れば記す。 |