疋田棟隆


詞書

本文

若みとり春くははれる神松の
いくよかはらて色は老せぬ

署名

棟隆

読み下だし


英訳



メタ情報

略伝

* 疋田棟隆(文化4年~明治17年) 国学者。字は作左衛門。筑山と号し通称を作次郎と云った。京都の人、文化四年上賀茂社司藤木正道(或は佐々木源内)の子として生れ、後水戸藩士疋田成盈の養子となった。俳諧狂歌を巧み俳号を水交園魚麿と称した。勤王の志深く国史に精通し近世外史約五十冊を編し水戸景山公に献じ褒賞を賜わった。且つ山陵探索の命を受けて「山陵外史徴案」「柏原御陵探索書」をものし、外に「近世名臣言行録」を著わした。維新後教部省奉修陵役を拝命し辞して後京に帰り明治一七年四月九日没した。年七十八、東山黒谷に葬る(慶應三 和学)
寸法: 縦36.6cm 横5.6cm
紙質: 和紙
製法: 厚短冊(裏打あり)
模様: 書き模様:吹墨(青,朱)
書風:
用字:
書式: 初、三、五句における墨継ぎ:あり,上下句の頭に漢字を揃えない:あり,二行の頭を同じ高さに揃える:あり
風: