吉益順


詞書

不羨翁の薙髪し給ふを賀し奉りて

本文

よのちりを拂らふ心やすなを成
干扚の竹に千代を汲しる

署名


読み下だし


英訳



メタ情報

略伝

* 吉益順() 医家、名は周助、宇は信夫、北州又は鴨洲と号した。京都の人、猗宮府待医法橋靑沼雄安の第二子。初名を道立と云った。文化九年医師吉益南涯の養子となりその季女を妻としたが同十一年南涯卒したためその後を嗣ぎ三条東洞院西に内科医を開業し、且つ門生の教導に努め大いに業績を挙げた。後年加賀侯の召によってその侍医となり金沢に移住し、此の地に没した。墓も金沢に在るが没年は詳らかではない。著書に「金匱精義」がある。(文化十 医家 文政五 医家 文政十三 医家)
寸法: 縦36.6cm 横6.0cm
紙質: 和紙
製法: 厚短冊(裏打あり)
模様: 書き模様:刷毛引(銀泥),型模様:雲形(茶色),押し模様:布目
書風:
用字:
書式: 初、三、五句における墨継ぎ:あり,上下句の頭に漢字を揃えない:あり,二行の頭を同じ高さに揃える:あり
風: