平安人物志(文化10年版) ( 文化十年癸酉十月再板 ) Page 00183 に見られる記述

分類: 医家
最里之幹 - 号 : 鶴洲 - 字 : 礼卿 - ( 釜座出水北) - (俗称) 最里公済


「「平安人物志」掲載諸家関連短冊」における解説

名前: 最里鶴洲
解説: * 最里鶴洲( 〜文政2年) 医家。諱は之幹。字は礼卿、一字公済、鶴洲はその号。越前敦賀の人、宝暦二年生れ、家は代々若狭酒井侯の家臣。年十七京に上り冨野仲達に医を学び伊藤東所に儒を学び二師易簣の後釜座出水北に開業且つ門生を集めて教授した。聲名甚だ高く殊に温疫の術に長じた。温疫筆論校註二冊、傷寒論註解、温疫随筆二冊等の著がある。文政二年十月八日没、年六十八(文化十 医家)

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